ロータリー≪世界を制したマツダRE≫

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栄光のフィニッシュ、ロータリー世界を制す

ルマン24時間耐久レースも半ばを越え、15時間ほど経過した時点ですでに15台のマシンが戦列を離れていた。ルマン参戦25回の記録をもつペスカローロのポルシェは、ギヤボックスの破損によりリタイヤ。また、一時は上位を独占していたメルセデスも例外ではなく、32号車がオイルポンプの破損によりコース上から姿を消していった。
この時点で、マスコミ関係者たちの話題の中心はマツダになっていた。彼らは言った、「これからどういう展開になろうとも、バイドラー/ハーバート/ガショーの見せた走りは長い間記憶に残るだろう」ルマンでの日本車が残した最高のリザルトは1990年の日産の5位であるが、今年この記録が塗り替えられることは確実と思われた。

午前8時、ケネディ/ヨハンソン/サラの乗るマツダ18号車は5位まで順位を上げていたが、予定通りのピットストップの点検時に右後方のCVジョイントがオーバーヒートしている事が判明。大事をとって交換することになったのだが、この作業に15分を費やし順位を4つ落とすことになってしまい、9位でレースを再開した。
午前10時、バイドラー/ハーバート/ガショーのマツダ55号車はジャグァー35号車をかなり引き離し完全に1ラップの差をつけていた。依然トップはメルセデス1号車であったが、チームのボスであるペーター・ザウバーとスタッフが、シュレッサー/マス/フェルテのC11をピットストップするたび入念にチェックしていた。2台のメルセデスをリタイヤに追い込んだミッション系トラブルの兆候をみつけ、必要なら直ちに対策を講じられるようにである。レースはあと残り数時間。トップを走るメルセデスにはまったく問題がないように思われた。ジャグァーもまだ勝利への希望を捨てていなかった。
マツダもまた、787B55号車の見せたレース展開はまったくトラブルがなく安定していて、このまま終わってしまうとは思えないほど完璧だった。漠然とではあるがなにか特別な空気がただよっていた・・・
「メルセデスはたしかに余裕のある走りをみせているが、もしかしたら・・・」
正午になりプレスセンターが混雑してきた。一部のジャーナリストはレスーリポートを書き始めていた。「いかにメルセデスがルマン24時間のほとんどを独占したか、いかにマツダが特筆すべき走りをみせたか」と。

20時間経過時順位
1位 メルセデスC11  シュレッサー、マス、アランフェルテ
2位 マツダ787B    バイドラー、ハーバート、ガショー 
3位 ジャグァーXJR12 ジョーンズ、ボーゼル、フェルテ
4位 ジャグァーXJR12 ファビ、アシェソン、ウオレック
5位 ジャグァーXJR12 ワーウィック、ウォーレス、ニールセン
6位 メルセデスC11  クロイッポイントナー、ヴェンドリンガー、シューマッハー
7位 マツダ787B    ケネディ、ヨハンソン、サラ
8位 ポルシェ962   シュトウック、ベル、イェリンスキー
9位 マツダ787    従野、寺田、デユドネ
10位 ポルシェ962   ロイター、トイボネン、レート

午後12時50分、スポーツ新聞「L'Equipe」の2人のジャーナリストがマツダのブースに慌てて入ってきた。彼らはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら言った。「メルセデスの後部から煙が出てるぞ!」
最初は誰もが冗談だと思った。しかし、彼らがあまりにも繰り返すのでブースの全員がテレビ画面に注目した。そこには、ゆっくりとピットに戻っていくアラン・フェルテのメルセデスが映し出されていた。情報は正しかったのである!
メカニックたちがエンジンの周りに走り寄る。フェルテはマシンから降りてこない。原因究明に長い時間はかからなかった。冷却系に漏れが生じていたのだ。トラブルが発生する前、フェルテはバイドラーを3周リードしていた。しかし、メルセデスは止まったまま動かない。ピットの空気は恐ろしいほど張り詰めていた。マツダのブースにいたスタッフには、目の前で起きていることが信じられなかった。しかし、運命はまだすべてを見せてはいない。プレスセンターではジャーナリストたちがペンを置いた。

1周、また1周とレナウンチャージカラーの787B55号車がピット前を通過する。しかし、まだメルセデスは動かない・・・
そして3周目、フォルカー・バイドラーのドライブによってフォードシケインを通過したオレンジとグリーンのマツダ787Bは、独特のロータリーサウンドを轟かせながらスタート/フィニッシュラインのある直線を走り抜けた。その瞬間、大歓声がまきおこった。史上初めて日本車がルマンをリードしたのである。
マツダのブースでは歓声がわき、さまざまな関係者から祝福が寄せられた。チームのメンバーの何人かはまだ信じられないという表情をしている。慎重な人々は、レースが終わるまでの忍耐を強いた「まだレースは続いているのだ」と。
結局メルセデスは35分間まったくピットからでることができず、その後、レースに復帰したものの、すでにジャグァー35号車にも抜かされていた。これによりジャグァー一族の間には再び期待が生まれ、「バイオレット・キャット」は最後の追撃に意欲を燃やした。
しかし、トム・ウォーキシショーは彼のXJR-12にはマツダ787Bを本当に追い込めるだけの燃料が残ってないことを知っていた。

マツダスピードのピットは期待で満ち溢れ、皆の感情が高ぶっていた。取材にくるテレビカメラとジャーナリストの数は増え続け皆がマツダスピードチームと一緒に観戦したがった。しかし、チームがここで気を緩めてはならなかった。
ベルトラン・ガショーは最後の走行を終え、マシンを最終ドライバーであるジョニー・ハーバートに委ねた。ガショーは彼を祝福するためにやってきた人々にやんわりと言った「ちょっと待ってください、まだ終わってないのです。まだこれから何が起こるかわかりません」
レース終盤、もうすでに20台以上がコース上から姿を消していた。あれほど速かったメルセデスもかろうじて1台を残すのみとなっている。しかし、ジャグァーチームだけはすべてのマシンが健在であり、しかも2位〜4位の位置を独占していた。もし、トップを走る55号車に何かあればジャグァーの1・2・3フィニッシュを許してしまう。
しかし、マツダスピードチームは完璧だった。結局あとはその時がくるのを待つだけであった。

レースのこり25分、フランスのテレビの実況アナウンサーの声に力が入り始めた。「マツダの勝利はもはや確実と言えます。マツダにとって何とすばらしいリザルトでしょう。彼らはそれを受けるにふさわしく、また、これはルマン、そして全モータースポーツにとってなんと驚くべきリザルトでしょう」
テレビカメラはずっとジョニー・ハーバートの操る55号車を追い、時折18号車、56号車を映した。これは、マツダのルマンチャレンジに少しでも関わった人々すべてにとって強烈に感情を動かされる瞬間だったに違いないであろう。そしてこれまでマツダが遭遇してきた数々の無念を一瞬にして消し去ってしまうものであることもまた。そして運命の時がやってきた。

午後3時58分、ジョニー・ハーバートの乗るマシンが最後のピット前を通過した。マツダスピードチームのほぼ全員がピットレーンの壁に並びドライバーに声援を送っていた。午後4時、優勝マシンが最終ラップを終える前にチェッカーが振られた。瞬間、それを待っていたかのように観衆がコースになだれこむ。コース上ではコースマーシャルに祝福をうけながら、ゆっくりと大観衆の待つメインスタンド前へ‥
もうすでに身動きができないほどに集まった大観衆の祝福を受けながらゆっくりとウィニングサークルへ。そのチャージカラーのボディにメカニックたちを乗せ誇らしげに。

ルマン24時間耐久レース優勝。日本車初の快挙が達成された瞬間である。そして、それはマツダロータリーエンジンが世界を制した瞬間であった。

'91 ル・マン24H マツダ787B 優勝記念ビデオ3/3

ルマンの夜明け

夜10時すぎ、日が暮れてルマンに闇がやってこようとしていた。観覧車のきらびやかなライトやパドック後方の遊園地は、その魔法のような瞬間を盛り上げていた。その時すでにマツダ787B55号車の順位は4位まで上がり、さらに時計仕掛けのように正確にラップを刻んでいく。気がつくとトップを走る3台のシルバーアローに対して最強のチャレンジャーとなっていた。

ルマンの夜の闇の中ではテルトルルージュからユノディエールに向かって加速していくマシンの行方は音でしかつかむことができない。4ローターの甲高いロータリーサウンドはそこでもひときわ輝いていた。このロータリーサウンドに太刀打ちできる美しいエキゾーストーノートを奏でるのはおそらくV10エンジン搭載のプジョー905だけだったであろう。しかし彼らはすでに戦線を離脱していた。ギアリンケージのトラブルで往生していたケケ・ロズベルグは自らの応急処置を施していたら走り続けることができたかもしれない。しかし事はそのように運ばず、ルマンの夜を迎える前にプジョーはサルテサーキットから姿を消した。
こうして3台のロータリーサウンドはライバルを失ったままサーキットに集まった夜間の観客を楽しませていた。しかし、マツダ勢が注目を集めていたのはロータリーサウンドだけによるものではなかった。787Bに装着されたカーボンディスクのブレーキは、驚くほどブレーキング遅らせることができ、コーナーでメルセデスと同じくらい余裕のある走りを見せていたのである。そして先頭を走るマツダのマシンが4位につけているという事実がさらにルマンの夜を感動的なものにしていた。

スタートから8時間ほど過ぎた午前0時ごろ、依然メルセデスの上位独占体制は続いていた。その後位をめぐりマツダとジャグァーの激しい4位争いもまた続いていた。しかし、コンスタントにラップを刻むマツダに対し、ジャグァーは明らかに燃費の面で苦しそうだった。そして時間を追うごとにジャグァーを押さえ込むことに成功する。
そして午前2時頃、それまで築いていたシルバーアローの独占体制の一角が崩れる。メルセデス32号車が予定外のピットストップに入ってきた。左後方のCVジョイントに遊びがあり、サーキットに散らばっていたさまざまな破片により、ノーズ・スプリッターとアンダーパネルの右後方部が壊されてしまったのである。このアクシデントによりほぼ5周分を費やして走り始めたが、その直後に再び止まってしまった。
ジャグァーチームもまたすべてが順調というわけではなかった。ワーウィックのXJR12には電気系のトラブルが発生しアルナージュ付近で止まってしまった。ワーウィックは自力でマシンを修理し、ピットまでたどり着くことができたが、多くの貴重な時間を失ったのはいうまでもない。
この頃から、夜間のピットストップを記録に留めようとしてマツダスピードのピットにやってくるカメラマンやビデオの撮影隊が増えてきた。このことはマツダが優勝候補の一角として意識されだしたことの証拠かもしれない。

レースの折り返し点の午前4時を40分ほど過ぎたころ、2位を走っていたクロイッポイントナーのメルセデスが速度を落としているという情報が入った。彼はピットまで戻ることはできたが、ミッションの修理に25分うを費やすことになり大きく順位をさげることになった。そしてトップを走るマシンが予定通りピットインすると、メルセデスチームは各部を入念にチェックしたがこのマシンにはトラブルが発生する兆候はなく、タイムを失うことなくレースに復帰した。しかし彼らの後ろには若いドイツ人チームメイトはすでになく、かわりに2位を走るのはマツダ787B55号車で、3位のジャグァー35号車をわずかながら後方に引き離していた。
午前6時のラジオ・ルマンでの放送は次のように始まった「メルセデスは依然トップを走っているが、今、マツダは2位、6位、10位につけている」
ルマン24時間耐久レースはまだ半分が終わったばかりである。

14時間経過時順位
1位 メルセデスC11  シュレッサー、マス、アランフェルテ
2位 マツダ787B    バイドラー、ハーバート、ガショー 
3位 ジャグァーXJR12 ジョーンズ、ボーゼル、フェルテ
4位 ジャグァーXJR12 ファビ、アシェソン、ウオレック
5位 ポルシェ962   シュトウック、ベル、イェリンスキー
6位 マツダ787B    ケネディ、ヨハンソン、サラ
7位 ジャグァーXJR12 ワーウィック、ウォーレス、ニールセン
8位 メルセデスC11  クロイッポイントナー、ヴェンドリンガー、シューマッハー
9位 メルセデスC11  シーム、パーマー、ディケンズ
10位 マツダ787    従野、寺田、デユドネ

'91 ル・マン24H マツダ787B 優勝記念ビデオ2/3

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